第3回公開フォーラム 基調講演・招待講演の詳細
特別講演
ご略歴:
1953年京都生。京都大学工学部、同大学院工学研究科修了。東京藝術大学大学院美術研究科修了。学術博士。奈良国立文化財研究所上席研究員を経て、平成26年3月まで京都国立博物館学芸部長、同年4月より京都美術工芸大学工芸学部教授、平成29年4月から副学長を務める。奈良国立文化財研究所時代から、金属材料を中心に古代から現代に至る材料と技術の変遷を「ものづくりの歴史」として追及してきた。専門は、歴史材料科学、文化財情報学、博物館学。現在、高岡市美術館館長、石見銀山資料館名誉館長も務める。著書に、『金・銀・銅の日本史』(岩波新書)、『金工技術』(至文堂)、『美を伝える』(監修・執筆:京都新聞出版センター)、『色彩から歴史を読む』(監修・執筆:ダイヤモンド社)ほか。第8回ロレアル国際賞「色の科学と芸術賞金賞」、第1回「石見銀山文化賞」ほか。
抄録:
最近改めて文化財の複製が注目されている。複製の制作は、文化財保護の第一義の目的であるオリジナルな文化財の継承・保存のための一つの手段として重要である。しかし、最近では文化財の活用・利用の側面が強調されるようになり、そのための複製制作の機会も増えてきた。これには、3Dプリンタなどを利用したデジタルアーカイブ化の飛躍的な進展が一役買っているのだろう。このような風潮の中、オリジナルな文化財が作られた時代、そして複製を制作する現代、それぞれの時代における質感について考えておく必要が重要ではなかろうか?本フォーラムを契機に、「時代の質感」を探ってみることにした。
文化財は、各時代の「ものづくり」の成果である。文化財の分野では、昔から人の手による「コピー」が行われ、先人の作風と技術を学ぶ基本修練として、絵画の分野では「模写」、彫刻の分野では「模造」が位置づけられてきた。明治時代に入ると、新たな創作の基本に伝統的な古典技法を学ぶことと共に、唯一無二な存在である文化財を保存するという目的が付加された。これは、廃仏毀釈に伴う仏像や仏画などの荒廃やさまざまな文化財の海外流出に直面し、文化財の重要性に目覚めた証しであった。そして、近代化の波の中、文化財の「コピー」に新しい技術が加わることになった。写真技術である。ただし、当初は、単に調査の記録としてようやく使える程度でしかなく、精確な「コピー」としての役割を担うにはまだまだ程遠い段階であった。その後の写真技術の発展や、アナログからデジタルへの推移についてはここでは触れないが、人の手による模写や模造の出来栄えは制作者の技量に左右されるが、カメラやコピー機などの機械的な装置を使った「コピー」に要求されるのは、情報の「入力」と「出力」の双方のメカニズムのバランスである。この双方が高度にバランスよく機能しなければ役に立たない。これは、現代のスキャナ(入力)とプリンタ(出力)の関係からみても容易に理解できるだろう。
「ものづくり」の基本は、材料、道具、そして技術である。かねては、複製もこれらの一つずつに拘ってオリジナルな作品にできるだけ忠実に作られてきたため、インプット、アウトプット共にアナログ的な継承が可能であった。しかし、例えば数百年の時代を経た作品に対峙する作り手自身に宿る質感の変化は彼が生み出す複製にも反映され、それぞれの「時代の質感」の推移を考えると、クローンのような完全な複製はあり得ない。それでは、情報のイン・アウト双方が益々簡便になっていくデジタル化時代における複製は、それぞれの「時代の質感」とどう向き合っていけばよいのだろうか?このように、文化財の保存という観点からも、「時代の質感」の認識は大きな問題であることを再認識せざるを得ない。これまでの具体的な研究事例と共に、京都美術工芸大学において進めている「正倉院宝物復元プロジェクト」を紹介し、「ものづくり」の視座から「時代の質感」を考えてみたい。
招待講演
ご略歴:
1995年大阪大学基礎工学部制御工学科卒.2000年同大学院基礎工博士後期課程修了.博士(工学).名工大助手,奈良先端大助教,山形大准教授を経て,2017年和歌山大学システム工学部教授.その間,2009年バウハウス大学客員研究員(1ケ年),2011年ヨハネス・ケプラー大学招聘研究員(2ヶ月).距離画像計測応用,パターン認識,画像補間,空間拡張現実感などの研究に従事.
抄録:
視覚情報による質感の知覚は,物体が環境照明を変調することにより形成される光線分布や分光特性などの光学的な特徴によってもたらされる.従って,その変調を考慮した緻密な光線投影によって別の物質の光学的な特徴が再現できれば,我々の質感知覚を自在に操ることができるはずである. このような質感の操作の基礎となるプロジェクションディスプレイの研究では,所謂プロジェクションマッピングのように,形状に合わせて映像を投影するだけでなく,物体表⾯での任意の陰影や反射特性の再現,⾼品質な⾦属光沢の表現や構造⾊物体の質感表現などが提案されている.その⼀⽅で,⽩⾊の物体表⾯だけではなく,例えばカーテンなどの模様のある⾯へ正しく映像を提示する光学補償も研究されている.さらに,このような光学補償はカメラによる観測を⽤いたフィードバック処理でも実現されている.我々は,このようなプロジェクションディスプレイの研究として,質感を自在に操作する技術について研究してきた.特に,プロジェクタとカメラを用いた光学フィードバックによって,事前準備を必要としない実時間処理にこだわり研究を行ってきた. 本講演では,光学フィードバック系を用いた見かけの色彩および質感操作の応用研究を紹介した後に,アートとテクノロジの融合の試みとして取り組んでいる,質感操作技術を応用したインスタレーションアートの事例を紹介する.
ご略歴:
1983年京都大学理学部数学系卒業.同年三菱電機(株)入社.産業システム研究 所において,色彩情報処理,感性情報処理の計測システムへの応用に関する研究 に従事.1996年大阪大学大学院基礎工学研究科博士後期課程修了.2003年より関 西学院大学理工学部情報科学科助教授,2007年教授.2009年米国パデュー大学客 員研究員.2013年感性価値創造研究センター長.専門は感性工学,メディア工学 等.情報処理学会,電子情報通信学会,IEEE, ACM 各会員.博士(工学).2013 年文部科学大臣表彰科学技術賞(科学技術振興部門),2014年グッドデザイン賞 受賞.
抄録:
ユーザニーズの多様化が進み,プロダクトのカスタマイズ化(適合化)やパーソナル化(個別化)が求められている中,人の嗜好や満足を的確に把握し,それを具体的なデザインに展開する方法論が注目されている.筆者らは人の感覚・感性を工学,心理学,脳科学,芸術学等さまざまな分野の知見に基づきモデル化・指標化(メトリック策定)し,新たな社会的価値(感性価値)を創出する取り組みを行っている. 質感はモノの良し悪しや好みといった感性価値を評価する上で重要な要素であり,その制御技術が求められているが,所望の質感を実現することは容易ではない.とりわけ昨今の3Dプリンティング技術による個人のデジタルモノづくりのように,一人ひとりが望んだ通りの質感を実現することは困難である. こうしたデジタルモノづくりにおいて所望の質感を実現する枠組みとして,デジタル質感生成支援システム"質感ソムリエ"の構築を進めている.本システムはモノ→感性,感性→モノの変換プロセスを支援するため,心理物理モデル(メトリック),センシング,シミュレーション,データベース等から構成され,直感的な入力と物理シミュレーションの循環システムにより,所望の物質感を有する素材の提供や,期待を超えた質感の創造を行うことを目指している. 要素研究として,人がモノに対して感じ取る質感と,そのモノの物理的な性質との関係性を明らかにするための研究と,質感と印象,さらにはそれらと感性価値との関係を明らかにするための研究を,様々な素材を対象に行っている. 本講演では,①質感認知に関する視触覚の心理物理モデルの構築,②質感生成アルゴリズム,③触感のセンシングとシミュレーション,④プロダクトデザインへの応用事例等について紹介を行う.
演題:自然視知覚の脳内情報表現:映像、意味、質感
ご略歴:
2000年大阪大学基礎工学部生物工学コース飛び級中退。2005年同大学院基礎工学研究科修了。博士(理学)。カリフォルニア大学バークレー校に勤務後、2013年より情報通信研究機構CiNet主任研究員。大阪大学大学院医学研究科招へい教授等を兼任。脳情報の定量と解読に関する研究に従事。
抄録:
私たちの自然な日常は、視聴覚を代表とする多様な感覚入力を処理する高度な脳機能によって支えられています。ある一時点での視覚入力を例にしても、私たちはその映像的な特徴(動いている、白い、明るい)や意味(建物、女性、グラタン)、また質感(つやつやしている、柔らかそう、透明感がある)からより主観的な印象(かわいい、美味しそう、親しみやすい)まで、多層的で複雑な内容を体験することが出来ます。近年、脳神経活動の多点同時記録手法の発展、また機械学習や人工知能技術等の多変量解析技術の高度化に伴い、これら自然で多様な感覚入力を処理する脳の働きを定量的に研究することが可能になりました。これらにより、脳活動からヒトが感じている意味や印象等の内容を解読する、脳がどのようにして多様な事物の情報を表現しているかを解明する等、脳の持つ多様な働きを定量的に理解する研究が進められています。更には、これらの知見を応用することにより、映像等の様々な素材が生起する内容について脳活動から推定する等の応用研究も広がりを見せています。本講演では、私たちの研究を中心に、脳内における多様な情報表現の定量と解読に関する最近の研究、および関連する動向について紹介いたします。